Archerの春秋

英語の翻訳や格闘ゲームをする人が、中国古典について書いています。

元気と新君即位

 間近に迫った新天皇の即位を前に、新元号への関心も高まっている昨今。そのような中、以下の記事を目にすることがあった。

 

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 いずれの記事でも「元気」が新元号に関連して話題になっているが、「元気」と新君の即位は深く関係するという考え方は存在する。

 變一為元,元者,氣也。無形以起,有形以分,造起天地。天地之始也。故上無所系而使春系之也。不言公言君之始年者,王者、諸侯皆稱君,所以通其義於王者。惟王者然後改元立號。春秋托新王受命於魯,故因以錄即位,明王者當繼天奉元,養成萬物。(『春秋公羊傳』隠公元年何休注)

 『春秋』経文が「元年春王正月」と書くことについて、後漢末に『春秋公羊伝』の注釈を記した何休は、一(年)が元(年)と書き換えられるのは元が気であるから、とする。気というものは形無きものとして発生するが、やがて形を持って分かれ天地の始めとなる。始めである以上その上には何も繋げられず、下に「春」を繋げるのである。王者*1が天意を継いで元を奉じ、万物を養成することを明らかにしている(ので元年と書く)、と解説する。

 また、『公羊伝注疏』は、後漢期に流行した讖緯の一種である『春秋説』を引用する。

 春秋說云,元者,端也。氣泉。注云,元為氣之始,如水之有泉。泉,流之原。無形以起,有形以分。窺之不見,聽之不聞。宋氏云,無形以起,在天成象。有形以分,在地成形也。然則有形與無形,皆生乎元氣而來,故言,造起天地,天地之始也。

 『春秋説』は「元」を「端」(はじめ)であり、気の泉であると説く。さらにその注*2は、「元」は気の始めであり、水の流れに泉があるようなものだ。泉は水の流れの源である、とする。『春秋説』の成立年は不明であるが、後漢期において「元」が「気」と結び付けられ、万物の根源であると考えられていたことを示していると言えるだろう。

 無論、現代日本語で用いられる「元気」と、ここで挙げた「元」・「気」の意味するところは異なる。また、冒頭で引用した記事で「元気」に言及した首相補佐官もネットユーザーも、かかる公羊学と讖緯の思想を意識してはいなかっただろう。ただ、日常のふとした事が古典の文言を回顧する機会を与えてくれることもあるものだ、と思い記事にしてみた。

*1:ここでは『春秋』が新王の命を託しているとする魯公

*2:注釈者の名が記載されていないが、後文と同じく曹魏の宋均か