Archerの春秋

英語の翻訳や格闘ゲームをする人が、中国古典について書いています。

白題

 是時西北徼外有白題及滑國,遣使由岷山道入貢。此二國歷代弗賓,莫知所出。子野曰:「漢潁陰侯斬胡白題將一人。服虔注云:『白題,胡名也。』又漢定遠侯擊虜,八滑從之,此其後乎。」時人服其博識。(『梁書』卷三十 裴子野傳)

 南北朝期、南朝の梁に白題と滑国が遣使してきたときのこと。この二国はこれまで使者を送ってきたことがなかったので、その来歴がわからなかった。

 そこで裴子野が「漢の潁陰侯(灌嬰)が白題の将一人を斬った故事があります。服虔の注(『漢書音訓』)には「白題は胡の名である」とあり、その後裔です」と発言すると、人々はその博識に感服したという。

 裴子野は河東聞喜の裴氏。曾祖父の裴松之は『三国志』注釈で、祖父の裴駰は『史記』の注釈である『史記集解』(以下、『集解』と称す)でそれぞれ著名であり、学問の家柄であった。

 ところで、『史記』灌嬰伝の当該箇所を瞥見すると興味深いことに気づく。

 復從擊韓信胡騎晉陽下,所將卒斬胡白題將一人。(『史記』巻九十五 樊酈滕灌列傳)
 【集解】服虔曰:「胡名也」

 『集解』は裴子野が根拠にした服虔の『漢書』注を引いているのだ。裴子野は祖父の注釈を読んでいたと思われ、裴氏の家学が発揮された一幕と言えるだろう。