Archerの春秋

英語の翻訳や格闘ゲームをする人が、中国古典について書いています。

反証としての伍子胥の死

魏武明罰令云,聞太原、上黨、西河、雁門,冬至之後一百有五日,皆絕火寒食,云為介子推。夫子推,晉之下士,無高世之德。子胥以直亮沉水,吳人未有絕水之事。至於子推,獨為寒食,豈不偏乎。(『玉燭寶典』二月仲春) 隋の杜台卿『玉燭宝典』には魏の武帝、…

ふたりの孫皓

詩七月正義、吳志孫皓問、月令季夏火星中。答曰、日永星火、舉中而言、非心星也。是鄭以日永星火、與心星別。今按、康成答問、蓋鄭志所載、孫皓乃康成弟子、後人因孫皓名氏、遂改鄭志為吳志。康成不與吳孫皓同時、吳志亦無此語。(『困學紀聞』卷三 詩) 『…

鄭玄は『武陵太守星伝』を読んだか?

以禋祀祀昊天上帝、以實柴祀日・月・星・辰、以槱燎祀司中・司命・飌師・雨師。(『周禮』春官大宗伯) 【鄭注】司中・司命、文昌第五第四星、或曰中能上能也。 【賈疏】案、文昌第四云司命、第五云司中。此經先云司中、後云司命、後鄭欲先說司中、故先引第…

王引之

先日、とあることで野間文史「読五経正義札記」(『東洋古典学研究』第8号)を読んでいた。『毛詩正義』に複数回登場する「王述之」および服虔『春秋左氏伝解誼』の引用を例に、『五経正義』の疏文における人名・書名、ならびに佚書の引用範囲の確定につい…

分散する名族

今年の初買いとなったこの本を読んでいたところ、以下の逸話が興味を引いた。 齊文襄嘗言肇師合誅,左右問其故,曰,崔鴻十六國春秋述諸僭偽而不及江東。左右曰,肇師與鴻別族。乃止。(『北史』崔亮傳附崔肇師傳) 斉の文襄帝(高澄)はかつて「崔肇師を誅…

孫検

孫檢曰,秦虜楚王負芻,滅去楚名,以楚地為三郡。(『史記』卷四十 楚世家『集解』) 裴注頻引孫檢,不知其人本末,蓋齊人也。(同 『索隱』) 按:年表作惠公伯雉,注引孫檢,未詳何代,或云齊人,亦恐其人不注史記。今以王儉七志、阮孝緒七錄並無,又不知…

杜乾光『春秋釋例引序』

南人多云此本釋例序,後人移之於此,且有題曰春秋釋例序,置之釋例之端。今所不用。(『春秋左傳正義』春秋左氏傳序) 陸曰:此元凱所作。既以釋經,故依例音之。本或題為春秋左傳序者。沈文阿以為釋例序,今不用。 『左伝正義』によれば、南北朝時代の南朝…

京都大学人文科学研究所付属漢字情報研究センター編『三国鼎立から統一へ 史書と碑文をあわせ読む』

東京国立博物館で開催中の「特別展 三国志」。展示の開催に合わせて、三国志関係の書籍も陸続と発売されている。特に、近年発掘された出土史料とその研究成果を盛り込んだ書籍が目立つ。とはいえ、今年以前に発売された魏晋期の出土史料を扱った書籍は少なく…

荊州における范蠡

范蠡といえば、春秋時代の越に仕えて越王勾践が呉を滅ぼすことに貢献した名臣として著名である。『史記』では引退後に巨万の富を得た商人として描写され、また『漢書』芸文志には兵家としてその名に仮託されたと思われる「范蠡二篇」が見える。 他の先秦期の…

「玄」は何者か

先日、芸文印書館の十三経注疏『左伝』を確認していて気になったこと。 鄭玄云不可以國語亂周公所定法傳玄云國語非丘明所作凡有共說一事而二文不同必國語虛而左傳實其言相反不可強合也(『春秋正義』哀公十三年疏) いま敢えて白文で書き起こしたが、黄池の…

鄭玄と荀文若の問答

『周礼注疏』に見える鄭玄のエピソード。 案,漢時徐州刺史荀文若問玄,周禮父之讎辟之海外,今青州人讎在遼東,可以王法縱不討乎。當問之時,玄已年老,昏耄,意忘九夷、八蠻、六戎、五狄謂之四海。(『周禮注疏』調人) あるとき、徐州刺史の荀文若が鄭玄…

小倉芳彦訳『春秋左氏伝』

『春秋左氏伝』(以下、『左伝』)といえば本朝でも古くから読まれきた漢籍のひとつであり、それだけに邦訳も多い。その中で現在最も入手しやすく、持ち運びやすいのが岩波文庫の本書であろう。 『中国古代政治思想研究―『左伝』研究ノート』(初版は青木書…

元気と新君即位

間近に迫った新天皇の即位を前に、新元号への関心も高まっている昨今。そのような中、以下の記事を目にすることがあった。 this.kiji.is www.j-cast.com いずれの記事でも「元気」が新元号に関連して話題になっているが、「元気」と新君の即位は深く関係する…

上野賢知『日本左傳研究著述年表 並分類目録』

上野賢知といえば、竹添進一郎『左氏会箋』の出典を調査した『左氏会箋遡源』で名高いが、本書は日本における『左伝』の利用について述べた若干の文章、『左伝』関連著作の一覧とその年表、そして『左氏会箋』が引用した諸書の目録(「左氏会箋引用書目」)…

恵公二年?

移行時に消してしまった記事。キャッシュが残っていたのでそこから復元しました。 『春秋左氏伝』(以下『左伝』)の邦訳として広く読まれている小倉芳彦訳『春秋左氏伝』(以下「小倉訳」)。小倉氏の『左伝』研究を反映した評価の高い訳本であるが、以下の…

荊州学と服虔

尹默字思潛,梓潼涪人也。益部多貴今文而不崇章句,默知其不博,乃遠游荊州,從司馬紱操、宋仲子等受古學。皆通諸經史,又專精於左氏春秋,自劉歆條例,鄭衆、賈逵父子、陳元方、服虔注說,咸略誦述,不復桉本。(『三國志』尹默傳) 後漢末、戦乱を避けた知…

白題

是時西北徼外有白題及滑國,遣使由岷山道入貢。此二國歷代弗賓,莫知所出。子野曰:「漢潁陰侯斬胡白題將一人。服虔注云:『白題,胡名也。』又漢定遠侯擊虜,八滑從之,此其後乎。」時人服其博識。(『梁書』卷三十 裴子野傳) 南北朝期、南朝の梁に白題と…

管仲悪人説

是時,周室大壞,諸侯恣行,設兩觀,乘大路。陪臣管仲、季氏之屬,三歸雍徹,八佾舞廷。(『漢書』禮樂志) 『漢書』礼楽志は、斉・魯の陪臣である管仲と季氏(季孫氏)が三帰の台*1を建て、天子にしか許されないはずの雍を歌い、八佾を舞わせたとその専権ぶ…

ワークライフバランス

前安帝時,越騎校尉劉千秋校書東觀,好事者樊長孫與書曰:「漢家禮儀,叔孫通等所草創,皆隨律令在理官,藏于几閣,無紀錄者,久令二代之業,闇而不彰。誠宜撰次,依擬周禮,定位分職,各有條序,令人無愚智,入朝不惑。君以公族元老,正丁其任,焉可以已!…

皇父之二子

ある日、『漢辞海』を読んでいて気になったこと。 同書32ページの「之」字の用例解説では『左伝』文公十一年を引いている。参考までに、前後も含めた原文は次の通り。 初、宋武公之世、鄋瞞伐宋。司徒皇父帥師禦之、耏班御皇父充石、公子穀甥爲右・司寇牛父…

私版・今だから読みたい10冊

便乗させていただく。ただし管理人のキャパが低いため10冊でご寛恕ください。 古代中国 (講談社学術文庫)作者: 貝塚茂樹,伊藤道治出版社/メーカー: 講談社発売日: 2000/02/10メディア: 文庫 クリック: 4回この商品を含むブログ (12件) を見る 講談社「中国の…

晋文の諱

晉文公為踐土之盟,衛成公不在,夷叔,其母弟也,猶先蔡。其載書云:『王若曰,晉重、魯申、衛武、蔡甲午、鄭捷、齊潘、宋王臣、莒期。』藏在周府,可覆視也。(『春秋左氏傳』定公四年) 晋の文公の名(諱)はよく知られているように「重耳」なのだが、『左…

弘か宏か

先日『左氏会箋』を眺めていて気づいたこと。 哀公3年で范・中行氏の乱に加担した周の萇弘について、『左氏会箋』は全祖望『経史問答』を引用している。 近代デジタルライブラリーより画像を引用 赤線を引いた箇所、「萇宏」と「萇弘」が確認できると思う。…

俺、この戦争が終わったら…

秋,齊侯伐晉夷儀。敝無存之父將室之,辭,以與其弟,曰..「此役也,不死,反必取於高、國。」先登,求自門出,死於霤下。(『春秋左氏傳』定公九年) 【杜注】無存,齊人也。室之,爲取婦。 春秋時代も終わりに近づく頃、斉が晋を攻めたときの話。 斉には敝…

鼎の分賜を問う

右尹子革夕,王見之,去冠、被,舍鞭,與之語,曰..「昔我先王熊繹,與呂伋,王孫牟,燮父,禽父並事康王,四國皆有分,我獨無有。今吾使人於周,求鼎以為分,王其與我乎?」(『春秋左氏傳』 昭公十二年) 魯の昭公12(前530)年、楚の霊王が謁見にきた右尹…

酖毒の効果

成季使以君命命僖叔,待于鍼巫氏,使鍼季酖之。曰..「飲此,則有後於魯國., 不然,死且無後。」飲之,歸,及逵泉而卒。(『春秋左氏傳』荘公三十二年) 【杜注】酖,鳥名。其羽有毒,以畫酒飮之,則死。 又娶于江,生公子士。朝于楚,楚人酖之,及葉而死。(…

襄公の冠礼

昨日は成人式だったらしい。全国でたくさんの性人が新たな門出を祝い、めでたい一日になったということである。 さて、成人式といえば『左伝』にこんな話がある。 公送晉侯,晉侯以公宴于河上,問公年。季武子對曰..「會于沙隨之歲,寡君以生。」晉侯曰..「…

最長在位?

六年,春,杞桓公卒。(『春秋左氏傳』襄公六年) 魯の襄公六年(前567年)春、杞の桓公が卒した。 この杞の桓公は全くと言ってよいほどの無名人物であるが、ちょっと調べてみると意外な事実を知ることができる。 二十七年,春,杞桓公來朝。(同 僖公二十七…